「この街の景色も変わったなぁ」と思ったけど、変わったのは自分の方だったという話。

趣味の一つに、旅先での朝ランというものがあります。

時差ボケなどで朝早く起きた時に、その地域を観光を兼ねて軽くランニングをすることなのですが、先日の一時帰国中、地元すら久々の観光客気分だったので、時差ボケの早起きを利用して朝ランをしてきました。

ほんの1年ぶりですが、景色というのはやはり変わるものです。

走りながら色々見ていくと、潰れてなくなった店や新しくできた道があったり、思い出の場所がコンビニや駐車場になっていたりもしました。

「視界に映る景色が昔と大きく変わっている。」

だけどふと思いました。

景色が違って見えるのは、多分、僕のものの見え方もまた、変わったからかもしれない。

同じ場所なのに、違う景色に見える

普段の生活でもよくやるのですが、知らない道に入っていくのが好きです。

走っている時にもよく、この道知らないな、と思ったらついつい曲がってしまったりします。

今回のランニング中もそれが楽しくて、ついつい曲がりまくっていたら、迷子になりました。地元で。

それでも、所詮地元なのでノリでいけると思って走る続けていると、偶然知った景色に巡り会いました。

正確には、知った景色ということにはすぐには気づかなかったのですが。

それは、小中学校の頃足繁く通った市立図書館

あの頃の道とは全然違う方向からたどり着いたので、わからなくて当然といえばそうなのですが、それ以上にぼくが驚いたのは、その図書館の小ささ。

思えばこの図書館を最後に見たのはもう10年以上前になりますが、ぼくの記憶の中では、ここはもっと巨大な場所でした。

特に改築した様子もなく、あの頃と何ら変わらない形でその図書館はそこに建っていたのに、ぼくにとっては全く違った景色に見えました。

これは単純に、ぼくがあの頃と比べ、心身共に成長したから…なのは当たり前なのですが、そのことに気付いてから知った道を走りながら帰ると、色んなことに気付きました。

見えなかったものが、見える。

思考回路も知識も、あの頃とは全く違うぼく。

空間デザインを学び、インバウンド業界を目指し、他人のライフスタイルに強い興味を持つ今のぼくの目に映った地元の景色は、例えそこに大きな物理的変化がなくとも、全く違って見えていました。

気にしたこともなかった、道の手すりの色や高さ、石壁の隙間から生える樹木、公園内の人々の動線。

マンホールってこんな模様だったんだとか、ここには風通しが良くて音が良く聞こえるとか、幼い頃の僕なら気にもしなかったことが次々と目に入ってきました。

変わらないものなんてない

子供の頃、見慣れた風景が変わっていくのは寂しいな、なんて地元を見つめながら思っていたのですが、変わっていない景色すら、今のぼくの視点からは違って見えてしまう。

例え物理的な変化を止めることが出来たとしても、ぼくの成長と共に、景色もまた変わってしまう。

月並みですが、変わらないものなんてないんですよね。

そんなことに、改めて気づいた地元での夏の初めでした。

「上質でないもの」で喜べる方が、人生はもっと楽しくなる。

祖母の日記を読みながら、人の書いた字の暖かさを再認識した話。

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