「上質でないもの」で喜べる方が、人生はもっと楽しくなる。

No taste enjoy life copy

こないだルームメイトと、とても料理とは思えないようなもの(自作)を食べながら、舌が貧しいって得だよねなんて話をしていました。

だって、何食べても美味いんですよ。こんなに得なことありません。

もちろん高級なレストランで飲み食いするのもいいのだけれど、たとえばコンビニのパンで喜べる感覚って、人生を豊かにするためにとても大事だと思いませんか。

物価の高いニューヨークで暮らしながら、お金がなさすぎてロクに飯も食えない時なんてザラにありました。

冷蔵庫の中から、唯一残っていた食パンに、調味料を適当にかけてチンして、それで晩御飯なんて日もありました。

とりあえず腹を満たせればいいや、なんて思ってたんですけど、食べてみるとこれが案外美味しいんですよ。

美味しいと思えたら、なんかそれですごく満たされた気分になれるんです。

舌に限らず、そういう上質ではないもので喜べる感覚ってのは、人生をより豊かにしてくれるよね、っていう、今日はそんなお話です。

自分の最低ラインを下げること

人間って誰にでも最低ラインがありますよね。これ以下は絶対無理っていう。

その人の部屋の汚さとかに結構如実に現れる気がしてるんですけど、「こんな汚い部屋で生活してんの!?」って思う奴いるじゃないですか。

僕もどっちかといえば衛生的に汚いところは極力避けたいタチなのでそういうのを見ると「ありえない」と思っちゃうんですけど、同時に逆にすごいとも思います。だって、そんだけ汚くてもそいつは気にならないわけじゃないですか。

だとすればそいつはまた別のそういう環境に放り込まれても、適応していける可能性が高い。
極論、そいつは割とどこでも生きていけるんじゃないのかと思うのです。
そしてそれをうらやましく思う自分がいます。

いや、部屋が汚いことがいいわけではないですが(笑)

たとえばニューヨーク

ニューヨークのアパートって、築ウン十年とかザラで、日本じゃ正直クレームレベルの状態でも平気で10万とかで貸したりしてます。壁に穴が開いてたり、床が剥がれてたり、お風呂のタイルが割れてたり。

さらにはそこで他人とルームシェアしたりしなくちゃいけないから、周りの人間との兼ね合いもあったりしますし、他のルームメイトの行動でイラッとすることもある。

もちろん、お金さえ払えばそれ相応のところが見つかりますが、時と場合によってはその環境「マヂほんと無理」なんて言ってられないわけですよ。

そこのハードルを自分の中で下げられないとずっとイライラするし、ずっと文句言わなくちゃいけなくなる。しんどいですよね。
ニューヨークにはそういうしんどそうな人が一杯います。

でもそういう環境で気楽で居られれば、イライラする無駄な時間は減るし、その分楽しむことが出来るようになる。

インドでの出来事

19の時、父親が仕事の関係でインドに行くことになり着いて行ったことがあったですが、その時に父が仕事先から提供されたホテルが、一応三つ星(あくまでインド基準)でした。
どんな高級ホテルなんだろうと思ったら、特に何の変哲もない、日本で言うところのビジネルホテルのような雰囲気。(装飾とかはやや豪華でしたが)

ただお風呂が広くて、ちょっとテンションが上がったのですが、水を出してみてびっくり。

茶色!

サビかなにかが混じっていたのだと思うのですが、蛇口から流れる水を見てもわかるくらいに色がついてる水でした。古い民宿とかゲストハウスならまだしも、ホテルで(しかも仮にも三つ星で)こんな水が出るのはちょっと想定外。

最初はいやだなぁ、とも思ったのですが、これしか出ないんだから使うしかないわけで。
で使ってみれば案外気にならないもんなんですよね。もしかしたら体がちょっと鉄分くさくなっていたのかもしれないけど、そこにいる人たちもみんなこれ使ってるなら、誰も気にしないはず。

そういうことで気を揉んで、せっかくいるこの環境を楽しめないのってすごくもったいない。

奄美大島の民宿

あと、幼い頃に奄美大島に何度か行ったことがあるのですが、そこでいつも使わせてもらっていた民宿ってめちゃくちゃ古くて、潮でべたついて、夜電気つけてると虫が集まってくるようなところでした。

虫が苦手な僕にとっては恐怖でしかなかったし、ヒビの入った壁を見ながら、いつか崩れるんじゃないのかここ、なんて思っていました。

だけど、その民宿の屋上からはひっくり返るような美しさの星空が見えて、民宿の前の浜を潜ればまるで竜宮城のような色とりどりのサンゴの世界が広がっていました。

そこに泊まらなかったら見れなかったもの、体験できなかったものがある。

こだわりを捨てることで適応力を高める

自分のハードルが高い、こだわりが強いと、そこから外れた環境に対し知る前から初めからNOと言ってしまうことになります。
別に知りたくない人はそれでいいのかもしれないけど、自分は体験したことのないことにNOというのは人生の可能性を自分で小さくしている感じがして嫌です。

だからもと可能性を持つために、いろんなこだわりを捨てて、どんどんハードルを下げていきたい。
ちょっと不都合のある環境でも、楽しめるようになりたい。

そうして多様な環境に適応できるようになれば、人生の可能性ってぐーっと広がるんですよね。

海外なんてとくにそうですよ。
常識が違いすぎて、日本の常識保ったまま生きてくことなんてできません。

一番かっこいいのは、上も下も楽しめる人。

自分が理想とするのは、どちらにも振れられる人。

上質なワインやコーヒーの味もしっかりと理解しつつ、友人らと安物でも楽しめる。
回らない寿司屋で、本物の鮨を味わいつつも、ニューヨークで中国人の握ったSUSHIも喜べる。

そういう人って、本当に人生でいろんな楽しみが出来そうですよね。
そんな風にありたいと思うのです。

上の方を楽しめるようになるにはまだまだ修行が足りませんが。

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